2012年04月05日

第7話「カーネギーホール 〜夢の足跡〜」

 1995年、ニューヨークの“カーネギーホール”で開催され、琉球國祭り太鼓も出演した「日本の祭典」。“カーネギーホール”と言えば、世界のアーティストが一度は夢見る大舞台です。「日本の祭典」への出演の話がきた時、メンバー達は目を輝かせていました。彼らの心をときめかせたのはカーネギーホールでの出演より、あの自由の女神があるニューヨークに行ける、ということだったようでした。「大きな夢の前には大きな壁がある。その壁を乗り越えて掴む感動こそ人生を佳輝かす宝だと私は思う」渡航費用の捻出など大変な事もありましたが、祭り太鼓はカーネギーホールで出演することになったのです。
 私はこのカーネギーホールでの舞台構成に獅子舞を組み込みました。祭り太鼓の大獅子はこのカーネギーホールから始まったのです。獅子舞は平和を象徴するとともに命の尊さを表しています。沖縄は平和を愛する島、命を大切にし、人を暖かく迎え入れる島、そんな沖縄のすばらしさが舞台で表現できれば、と思い、獅子舞を取り入れることにしたのです。獅子頭は職人に制作してもらいましたが、獅子の胴衣はメンバーで作ることになり、カーネギーホールの出演に向けて、毎日夜中までの練習の後、メンバーは獅子舞の胴衣作りを続け、毎日夜中の3時を過ぎての帰宅の日々が続きました。そしてついに1頭の獅子舞が完成。練習場でメンバーが出来上がったばかりの獅子頭と獅子の胴衣をつけて舞うと、メンバー皆が涙ぐんでいました。
 カーネギーホールの「日本の祭典」では、祭り太鼓はトリを務めました。エイサー太鼓と獅子舞の演舞は多くの観客に感動を与えました。照屋忠敏、照屋真也が舞躍らせる獅子舞。クルリとひとまわりする度に、胴衣から抜けた小さな毛が空中を舞う蝶のように舞い踊る、そんな神秘的な出来事に観客も舞台に見入っていました。世界の檜舞台カーネギーホール。偉大なアーティストたちの「夢に立ち向かう足跡」を感じたのは、その大舞台から楽屋に通じる廊下に、過去ここで出演したアーティストたちの写真が飾られているのを見たときでした。
 日本の祭典の出演にあたり、世話役としてご尽力していただいたのが、ロッキー青木氏です。祭り太鼓の演舞をみて感動したと言うロッキー青木氏。私は彼から名刺をいただいたとき、何か一言書いてください、とお願いすると彼は「人生死ぬまで挑戦」と書き記してくれたのです。
posted by ryukyukoku at 18:32| 第1話〜