2012年02月04日

第2話「迎恩」

 沖縄は歌と舞、そして多くの文化が花開く島です。沖縄の宝物は何かと聞かれたとき、私は500年前に那覇の港にあった“迎恩亭”に掲げられていた「迎恩」の言葉です、と答えています。沖縄の文化が他国の影響を受けながら新たな文化を創出していったことは歴史が記すところです。沖縄の空手は中国武術の影響を受けながら確立し、今では世界へと広がっていっています。また三線文化も中国から沖縄、そして日本へと伝わり地域の独自性を持ちながら発展していきました。他国の人々を迎える港に「迎恩亭」を建て、多くの国々から得た恩恵に対する感謝を表す「迎恩」の扁額をそこに掲げたのです。

 1994年、日中友好文化交流訪華団のメンバーとして、琉球國祭り太鼓のメンバーとともに私は紫禁城に行きました。歴代の皇帝を祀ってある宮殿前広場に演舞場が設けられていました。あたりを見回すとちょっと離れたところで書の展示会が開催されていました。書に興味がある私はそこを覗いてみると、そこには「書の国」中国を代表するかのように素晴らしい書が立ち並んでいました。その中の一つを食い入るように見ていた私に一人の書家が声をかけてきました。ガイドの通訳によると、その書は中国を代表する書家の作品で、日本の天皇陛下にも書を差し上げたことがある方だとの事でした。そして「あちらにいらっしゃる方も同じく中国を代表する書家の一人ですよ」と別の書家を紹介してくれました。

 私はその方に「沖縄から来ました。沖縄は琉球王朝の時代、中国との交流の中から多くの文化が生まれました」といい、先生の横にあった一番大きな紙をみつけるとそれを指さし「その紙に迎恩という言葉を書いてもらいたい」とお願いしました。私の行動に、その場にいた他の先生方も驚きました。なぜならその50cm×80cmほどの紙に書くことができるような大きな筆はその日は持ち合わせていなかったからです。その先生は紙をじっと見た後、もっていた筆の中から大きいものを二つ取り「ひと筆」にして握りしめ、一気に「迎恩」の文字を書き上げました。見事な筆さばきにまわりの先生方も微笑み、その出来栄えを讃えました。「紫禁城のひと筆」に書の素晴らしさ、人と人の出会いに万感の思い。大きな感動を胸に私は紫禁城をあとにしました。
posted by ryukyukoku at 17:03| 第1話〜